英語を学びだすと、日本語では注意を向けなかった箇所に意識がいくようになります。
英語は日本語よりも「人がどんな様子であるか」に注意を向け、日本語の方は「場所」に注意を向けます。
その具体例を今回は、平沢慎也氏の「実例が語る前置詞」と今井むつみ氏の「ことばと思考」からいくつかみていきましょう。
まずは平沢氏の実例が語る前置詞から。
第4章に「経路にまつわるあれこれ」という箇所があります。
たとえば、
「彼はスタバに入った」を英訳するとどうでしょう。
多くの人は、
He entered Starbucks.と訳すと思います。
しかし、
He walked into Starbucks.にする方が自然です。
日本語では「入った」と動詞に「経路情報」を入れますが、英語では前置詞に「経路情報」を入れ、動詞ではその人の様子を表現しようとします。もし日本語で「彼はスタバに歩いて入った」というと「なんで、人の様子をそんなに気にするの?」と不思議がられるでしょう。
英語ではwalk以外にも、
run, hop, stomp(重い足音を立てながら),
stride(大股で歩きながら), toddle(よちよち歩きで),
creep(忍び足で), plod(とぼとぼと),
squeeze(狭いところに身をねじ込むようにして), など人の様子を表す動詞が豊富にあります。
enter the roomよりも、walk into the room
cross the bridgeよりも、head over the bridge, walk over the bridge
pass the gateよりも、go(come) through the gateのほうが自然になります。
では、enterのような一語は不要になるか?というとそうではありません。
The train entered the tunnel.のようにスピードが一定の電車など、わざわざ様子を伝える必要のない場合は、一語で言ってしまえばいいのです。工場の中などでも、今は第一工程に入りました、次は第二工程に入ります、といった場合もenterの方がいいでしょう。
次に今井氏の「ことばと思考」で子どもはどのように物事をとらえるか実験した話です。
日本語は「経路情報」を動詞で表すことから、場所の情報を動詞に組み込む言語といえます。
例えば「わたる」は
英語ではgo across(またはcross)ですが、これは、
「道をわたる」〇
「川をわたる」〇
「踏切をわたる」〇
「海をわたる」〇
などと使うのに、
「テニスコートをわたる」×
「野球場をわたる」×
とは言わないのです。
「わたる」とはある地点からある地点に移動するときに、二点が「何か」によって隔たられていなければならないのです。しかし英語はその区別をしないので、どちらのタイプにも使えます。日本語では「横切る」を使わなければならず、人の様子にはあまり関心を向けませんが、場所にはうるさいのです。
そこで生後14か月の赤ちゃんと生後19か月の赤ちゃんを使ってある実験を行いました。
生後14か月の日本の赤ちゃんとアメリカの赤ちゃんに、「線路をわたる」シーンを見てから「道路をわたる」シーンを繰り返し何度も見せ、その次に「テニスコートをわたる」シーンを見せると、日米どちらの赤ちゃんたちも横切るところがなく、新しい場所になったテニスコートの方を道路より好んで見るようになりました。
やはり赤ちゃんは新しいもの好きです。
しかし生後19か月の日本の赤ちゃんとアメリカの赤ちゃんでははっきり違いが出ました。日本の赤ちゃんは相変わらずテニスコートの方を好んで見ていましたが、アメリカの赤ちゃんは道路のシーンよりテニスコートのシーンを好んで見ることはなくなったとのこと。
つまり自分の母語では重要でない場所の情報に注意を向けることを止めてしまったのです。
外国語を学ぶ意義はこんなところにも隠されてそうです。