「和英辞書はホストに似ている。一見すると綺麗に見えるが、よくよく見ると整形手術を繰り返してて不自然な顔をしてる」
これが和英辞書から自分が感じたことです。
和英辞典は、「たい焼き」「神社」「お祭り」など、姿形のあるものを引くにはもってこいです。これらは文脈によって呼び名が変わることはほとんどありません。
しかし、抽象概念、たとえば「常識」「特徴」「意見」「社会人」「画一的」といった言葉を引くときは、日本と欧米では文脈によってだいぶ表現が違うので、気を付けなければなりません。
この日米の違いをたくさん取り上げているのが、松本道弘氏の「考える英語」で、和文英訳をする際に気を付けるべき点を取り上げてるのが、長部三郎氏の「伝わる英語表現法」です。
この二冊は、英語学習(特に和文英訳)する際に、座右の書となります。
個別指導でもたまに生徒にお勧めしています。「考える英語」の方は絶版ですが。
たとえば、「常識」という言葉を和英で検索したとします。
common knowledgeとcommon senseが多くヒットします。
common knowledgeとは「慶應義塾は福沢諭吉が作った」といった誰もが知ってる知識のことです。
common senseとは「日本では家に上がるときは靴を脱ぐ」という分別、慣習が理解できる感覚、判断力のことです。
ちなみに写真の和英の真ん中の例文に、
「社会人としての常識を身につける」で、
learn practical wisdom as a working adultと出てきますが、なんだか魔法戦士のような感じがします。
ここは、
After I started working, I learned the ABC's of business.ぐらいがいいでしょう。
今度は、松本氏の「考える英語」に出てくる日本文の「常識」を見てみましょう。
これらを常にcommon knowledgeかcommon senseにできるか?というとかなり怪しいのです。
たとえば、
「英会話をたった数週間でマスターできないことは常識だ」
これを英訳すると、Everybody knows that you cannot master English conversation in just a few weeks.
となるでしょう。
common knowledgeでもcommon senseでもないはずです。
今度は長部氏の「伝わる英語表現法」に出てくる、「弊社の特徴は、アフターサービスを毎月提供することです」(原文を少しいじってます)を英訳するとどうでしょう。
「特徴」を和英で引くと、characteristicが多く出てきます。
Our characteristic is...とするとなんだか自分たちが概念か物のように感じられますが、
What makes us different from other companies is that we offer after-sales service to you every month.とすれば自然になります。
そして、先ほどの「特徴」のページで真ん中に出てくる例文に注目してください。
「長い鼻が象の特徴だ」をThe long nose is a peculiarity of the elephants.となっています。
まず、象の鼻はnoseではなくtrunkで、peculiarityも「特異な点」「奇妙な点」といった意味に近いはずです。
ここでは、
What makes elephants different from other animals is their long trunks.とした方が自然です。
このように和英辞典には不自然な例文、不自然な表現が多くあるのです。そして誤植も英和や英英と比べると多いと感じます。
では、抽象概念をうまく英訳するにはどうしたらいいか。
「伝わる英語表現法」では次にように述べています。
「日本語はあいまいで、漢語を好む。一方で、英語は具体的で、説明的で、構造的だ」
「私は選挙公約を果たした」という時は、
I made good on my campaign pledges.とするより、
I did what I said I would do.と説明的に書く方がわかりやすい。
日本語で「私はやるといったことをやった」と書くと幼稚な印象を受けますが、英語ではこのような説明的な方が好まれるのです。アメリカの政治家もこのようにわかりやすく演説しますし、英語では決して幼稚な印象は与えないのです。
構造的な面からいくと、英語はSVをしっかり表現する言語です。
日本語は主語がないことが多いのですが、英語は主語にうるさい言語なのです。
日本語では漢語一語であいまいに表現するものですが、英語では具体的に表現します。
「これは空気が熱せられたときの現象だ」は、
This is a phenomenon when the air is heated.とするより、
This is what happens when the air is heated.と、
SVを使って説明する方が分かりやすくなります。
同様に、
「彼らの意見を聞いてみたい」は、
I want to listen to their opinions.とするよりは、
I want to find out what they want to say.とする方が自然です。
opinionはより厳密には「専門家の意見」という意味です。
和文英訳で抽象的な表現で迷うことがあったら、和英辞典にすぐに飛びつくのではなく、SVで説明できるか試すことです。
和英で「常識」を引いてcommon senseと出てきたら、これをいったんCOBUILDで引きなおし、SVの説明を見て、それが使えそうだったら使ってみる方が安全策といえます。make good judgments, behave sensiblyと言い換えて文脈でおかしくならないか試してみます。
いずれにせよ、日米で言葉がカバーしてる範囲がだいぶ違うので、文脈を意識して使うことが重要です。和英辞典だと、例文も短く、文脈が判断できないものが多い印象を受けます。
ところで、
慶應文学部を受験する際、辞書は英英、英和、和英の3つのうち2つまで持ち込み可ですが、多くの受験生は英和と和英を持ち込みます。英作文で和英を使う時はこのようなことを意識しながら使うことが大切です。